被ばくすると,人体に何が起きるのか?

2011-03-19追記
林松涛([twitter:@tao1tao])さんが,本記事を中国語に翻訳してくれました.
被ばくの不安を抱えている在日中国人の方や,日本に家族・親族・知人がいて心配されている中国の方に,中文版の記事を広めていただければと思っています.

「受到核辐射,对人体有怎样的影响?」 - ときどき中国
通俗易懂的说明。[twitter:@tao1tao]将其中文。核电站日益稳定,可能是马后炮了。


地震で被害を受けた原子力発電所では,今なお安全を確保するための作業が続けられています.その一方で,多くの方が「被ばく」への不安を抱えているのではないでしょうか.

原子炉で何が起きているのか,被ばくしても大丈夫なのか/危ないのか,被ばくしたらどうすればいいのか.こういったことについて,ネット上にも様々な解説が掲載されています.その一方で,

そもそも「被ばく」すると人体に何が起きるのか
なぜ「被ばく」は危ないのか or 「被ばく」しても大丈夫なのか

こういった点については,説明をあまり目にしません.

私は,福島第一原発の状況を考えて,最悪の事態になってもチェルノブイリ級の事故*1が起きるとは思っていません.しかし「チェルノブイリみたいにならないから安心しろ」,「被ばくは健康に問題ない程度だ」とだけ言われても,信用できないと思う方も多いかと思います.

なぜ専門家たちは「被ばくしても問題ない」というのか
その予想はどういう科学的根拠に基づいているのか


このブログ記事では「もし福島第一原発チェルノブイリ級の事故が起きたら」という無理やりな仮定をもとに,被ばくした人に何が起きるのかを[twitter:@popeetheclown]が考えてみました*2

この記事は,被ばくについて皆さんに何かをアドバイスすることを目的とはしていません.ただ,「何が起きるのか分からない」という未知に対する恐怖を,「何が起こるかはイメージできる」という既知のリスクに変える手助けになればと願っています.誤りや科学的に適切ではない部分があれば,ご指摘いただけるとありがたいです.

  1. 必要な前提知識
  2. もしもチェルノブイリ級事故が今の福島で起きたら
  3. 作業員におよぶ被害:確定的影響
  4. 私たちが受ける被ばく
  5. 放射線が人体に与える影響
  6. 私たちにおよぶ被害:確率的影響
  7. まとめ

必要な前提知識

報道を見ていても,「マイクロシーベルト」「10万カウント」「ヨウ素131」などの専門用語が飛び交い,何を話しているのかまったく分からないと思います.ここでは,これから書く記事の内容を理解するために必要となる用語について,簡潔に解説を試みます.それなりの分量があるので,先に本文を読みたい人は飛ばしてください.


被ばく
被ばくとは,人体が放射線を浴びることを差します.報道で,作業員や避難住民が「被ばくした」と伝えているのは,被ばく量を測る線量計で測定可能な量以上の放射線を浴びた場合です.しかし実際には,すべての人(ヒトに限らず生き物すべてですが)は自然界に存在する放射性物質から出た放射線を浴びています.この点では,すべての人は「被ばくしている」ということもできます.このあとで説明するように,浴びた放射線の量によって「被ばく」には色々なレベルがあるので,単に「被ばくした」というだけでは,どれくらいの量の放射線を浴びたのかは分かりません.当然,医療チームは被ばくした人の「被ばく量」を調べ,健康への影響がどの程度あるかを分析します.
被ばく線量
被ばく線量とは,どれくらいの放射線を人体が浴びたか,その量を表したものです.一般的には,シーベルトSvという単位が使われます(後述).被ばく線量は,「どれくらいの強さの放射線に」,「どの程度の時間さらされたか」によって決まります.弱い放射線に長くさらされるのも,強い放射線に短くさらされるのも,まとめて「被ばく線量」として扱うことができます*3.また,全身に放射線を浴びた場合だけでなく,臓器や組織ごとに分けて,被ばく線量を分割して考えることもあります.例えば,外部被ばくの場合,皮ふや眼の水晶体が被ばくを受けやすくなります.また内部被ばくの場合は,取り込んだ放射性物質がどの臓器に集まりやすいかによって,臓器ごとに分けた被ばくの影響を考えます.
吸収線量−グレイGyと実効線量−シーベルトSv
放射線量を表す単位にはGyグレイとSvシーベルトがあります.物理的に測定されるものが吸収線量:Gy*4,Gyで表された吸収線量に,人体への影響を加味した重み付け(放射線荷重係数;同じエネルギーを受けても,放射線の種類によって影響の度合いが異なる)をしたものが等価線量です.さらに,同じ量の放射線を浴びても影響は臓器ごとに異なります(生殖腺や骨髄は被ばくに弱く,皮ふや骨は強いetc...).浴びた放射線の等価線量を,組織・臓器ごとに分けて重み付けし(組織荷重係数),その後それらを合算した値を実効線量と呼びます *5.単位はSvです.実効線量は,実際に正確な値を求めるのが難しい(すべての組織・臓器に線量計を付けるわけにはいかない)ので,測定可能な実用量(実効線量に近くなるよう補正された測定値)で代替されます.説明が長くなりましたが,被ばく線量を考える時には,最後の「実効線量」に注目する必要があります.様々な測定地点で測定される放射線量も,実効線量に換算したものとなっています.高線量の被ばくを考える場合は,被ばく線量を実効線量Svではなく,吸収線量Gyで基準づけて評価します.低線量被ばくによる確率的影響を考える場合は実効線量Svを用います.ただし,資料によっては,高線量被ばくについての記述でもGyやSvが混在していることもあるので,注意が必要です.
放射線
放射線とは,強いエネルギーを持った電磁波(X線γ線)や粒子線(α線β線中性子線など)のことを差します*6.普段,私たちが眼で見ている可視光も電磁波の1種ですが,放射線と呼ばれるタイプの電磁波は眼に見えません.また,ヘリウム原子核だけが飛びだしたもの(α線)や電子だけが飛び出したもの(β線)のように,電磁波ではなく,粒子が高速で飛んでいるものも放射線と呼びます.放射線には,原子炉や医療用X線装置のように人工的に作られる「人工放射線」と,宇宙から飛来したり,自然界に存在する放射性物質から飛び出す「自然放射線」の2種類があります.
放射性物質
放射線を出す物質のことです.例えば,核燃料や原子爆弾の材料としてよく知られるウラン235は,自発的にα線を出し,別の放射性物質に変わります(専門用語では「崩壊」と呼びます).もちろん,β線γ線などを出す放射性物質もあります.例えばヨウ素には,放射線を出さないタイプ(安定同位体)のヨウ素127と,放射線を出すタイプ(放射性同位体)のヨウ素129,ヨウ素131の3種類があります.この127や131といった数字は,原子の重さ(正確には質量数)を表しています.原子核を構成する2つの単位,陽子と中性子のうち,陽子の数が元素の種類を決め,中性子の数がその元素の重さや放射線を出すかどうかといった性質を決めます.ヨウ素は53個の陽子を持っており,さらに中性子を74個持っているものがヨウ素127,78個持っているものがヨウ素131です.つまり,同じ「ヨウ素」でも,中性子の数が違うと,放射線を出したり出さなかったりします.
放射能
放射能とは放射性物質放射線を出す能力のことです.1秒間に崩壊する(つまり放射線を出す)原子の数を放射能と呼び,ベクレルBqという単位で表します.しかし,放射能という言葉は上で説明した「放射線」や「放射性物質」の意味で,誤って使われていることも少なくありません.例えば,誤)放射能漏れ→正)放射性物質漏れ or 放射線漏れ,誤)放射能の雨が降る→正)放射性物質を含んだ雨が降る,などは典型的な誤用例です.
確定的影響
確定的影響とは,被ばくによって生じる白内障や皮膚損傷,血液失調症,不妊,骨髄死,腸管死のような死に至る傷害などの影響を指します.ある一定量しきい値)以上の放射線被ばくが起きた時しか生じません.しきい値は傷害によりますが,概ね1 Gy(1000 mGy)以上であり,核爆弾の被害や臨界事故の作業員などが浴びるレベルの被ばく線量の場合です.
確率的影響
確率的影響とは,放射線がDNA損傷を引き起こすことによって生じる「発がん」と,生殖細胞のDNA損傷が与える個体レベルの影響が子孫に引き継がれる「遺伝的影響」の2つのみを指します.しきい値はなく,被ばく線量に比例して,発がんや遺伝的影響が生じる確率が高まるとされています*7

もしも福島第一原発チェルノブイリ級事故起きたら

ここからは「もしも福島第一原発チェルノブイリ級の事故が起きたら」という無理やりで最悪な状況の仮定をおいて,さらに適当に仮定を付け足しつつ*8,どんな健康被害が生じるかを定性的に考えてみます.シミュレーションの妥当性は,誰かより詳しい方に評価していただければと思います.

作業員におよぶ被害:確定的影響

まず原発内で作業している人達は,高線量の被ばくを受けます.高線量の被ばくを受けた人たちには,確定的影響,つまり被ばく線量に従ってほぼ確実に発生する放射線障害が生じます.これは受けた被ばく線量に従って,多いほど重篤な傷害をもたらします.一時的不妊,リンパ球の一時的減少,脱毛などの命に別条のない変化から,骨髄死,腸管死のような死に至る傷害まで,影響はさまざまです.現地で作業している人達がどれくらい被ばくするか,受ける線量は事故時にどこにいたか(距離,壁があったかなど)と放射能汚染地域でどれだけ作業したか(時間)に比例します.臨床的には,0.25 Gy(250 mGy)以下の被ばくでは急性の放射線障害は起こらないことが確認されています*9.ただし,0.15 Gy(150 mGy)以上の被ばくを受けた男性は,数日後から精子数の減少し,一時的な不妊が生じます.これは一時的なものなので回復します.

確定的影響を受けるような高線量被ばくを避難区域外にいる人が受けることはありませんチェルノブイリ事故の場合ですら,原発内にいた600人中,0.7-13.4 Gyの高線量被ばくを受け,放射線症(確定的影響)となったのは134人にとどまります*10.また,高線量被ばくを受けたら確実に死ぬ,というわけでもありません.放射線症になった134人中,事故直後に2人,最初の3ヶ月以内に28人が死亡しましたが,全員ではありません.また医療の進歩により,日本で起きた東海村JCO臨界事故でも,高線量被ばくを受け放射線症となった作業員3名のうち,16-20 Gy,6-10 Gyの被ばくを受けた2名の作業員が亡くなりましたが,1-4.5 Gyを浴びたと推定される作業員は事故後に退院しています*11

私たちが受ける被ばく

これに対し,チェルノブイリ近郊から避難を余儀なくされた116,000人の平均線量は30 mSv*12であり,汚染した地域に住み続けている人達は,事故後最初の10日間で10 mSvの被ばくを受けたと推定されています.チェルノブイリ事故の場合,放射性物質を含む煙(雲?)が風向きを変えて,ほぼ360°全ての方向に拡散しました.その結果,ベラルーシ,ロシア,ウクライナ以外の近隣諸国でも,最初の1年に1 mSvの被ばくが生じています.しかし,これらは自然放射線による被ばく量と同程度であり,健康リスクはないと考えられています(詳しくは後述).

平均30 mSvの被ばくを受け避難した発電所周囲30 kmの住民は,事故後36時間以上経ってから避難を開始しています(事故は突発的だったため).仮に,福島原発で同規模の事故が起こったとしても,既に避難している住民や避難区域の外側にいる住民の受ける被ばく線量は30 mSvを下回ると考えられます.以上をまとめて,原発事故の避難区域外にいる人(例えば私)が事故後に避難することも考えると,私たちが受ける被ばく量は,どんなに多く見積もっても30 mSvを下回るだろうと推定します

放射線が人体に与える影響

放射線がなぜ人体に悪影響を与えるのかを説明します.放射線が人体を構成する原子に当たると,原子は電離・励起されます.電離・励起された原子は,自己の原子の共有結合を切断したり,周囲の別の分子と結合したりすることで,分子に損傷を与えます.

放射線の生物作用の標的は,人体の細胞内のDNAのみです.なぜならば,他の構成要素(例えばある種の酵素)が放射線により破壊されても,その効果は蓄積しないからです.細胞内のDNA以外の生体高分子(例えばタンパク質)に何らかの損傷があったとしても,その損害は損傷を受けた生体高分子だけにとどまります*13.非常に高線量の被ばくを受けた場合,人体が分子レベルで崩壊して死ぬ「分子死」というものが考えられますが,数百 Gy以上という原発事故でもありえない量を浴びないといけないので,ヒトでは分子死の記録はありません.しかし,DNAへの損傷は,細胞内で働く部品(タンパク質,RNAなど)の設計図が壊れることを意味します.この結果として,致命的である場合は細胞死,致命的ではない場合はDNA情報が変化したまま細胞分裂が繰り返されます.こうしたDNAの損傷は,活性酸素や他の化学物質などの発がん物質でも同じように起き,放射線に特別な現象ではありません.実際には,DNAに損傷が生じても,DNA修復系があるためほとんどのものは修復されるので,ただちにDNAがずたずたとなるということはありません.

放射線障害に限らず,通常の体細胞では,DNA損傷が蓄積した結果としてがんが生じます(発がん).つまり生物作用だけを見れば,放射線は発がん物質(のように振る舞う物)として働きます.また,放射線生殖細胞のDNAを損傷し,子孫に引き継がれて,何らかの遺伝性疾患などの影響を生み出す可能性もあり,これを遺伝的影響と呼びます.低線量被ばくによって人体に生じる影響は,発がんと遺伝的影響という,どちらもDNAの損傷に由来した「確率的影響」になります.

遺伝的影響については,原爆被爆者の子どもには遺伝性疾患が生じるという風説から,結婚を避けられるといった差別が行われたという悲惨な歴史があります.しかし,被爆者の詳細な追跡調査から遺伝的影響は見られなかったことが分かっています.これはチェルノブイリについての追跡調査でも同じ結果が得られています.現在までに,ヒトにおいて,遺伝的影響が確かめられたことはありません

私たちにおよぶ被害:確率的影響

被ばく量とそれに伴う発がんリスクの上昇の関係は,疫学調査から明らかになっています.被ばく1 Svあたりの各障害の発生頻度が推定されており,名目確率係数と呼ばれます.

名目確率係数*14

例えば,30 mSvの被ばくを全身被ばくとして均等に受けた場合,致死がんの発がんリスクの上昇はおよそ0.15%と推定されます

(30 mSvの被ばく) × (全身の致死がんの名目確率係数 5.00 × 10^-2)
30 × 10^-3 × 5.00 × 10^-2 = 0.0015


実際には,この値は多めに見積もられています.低線量被ばくによって上昇する発がんリスクを調べるためには,被ばくを受けた人と受けていない人を追跡調査して,それぞれで違いがあるかを調べます.しかし,被ばく以外の原因(喫煙,食事,生活習慣)による影響が大きいため,被ばくのみの影響を取り出すことは簡単ではありません.そのため「疑わしきは,より安全性を高めるように」という考えのもと,リスクを多めに見積もっています.

また食物連鎖を通じて,放射性物質が食品内に高度に濃縮され(生物濃縮),それを食べることで被ばくが生じるという間接的な被ばくもあります.実際に,チェルノブイリ事故による放射性物質の飛散により,周辺国の土壌がヨウ素131(半減期8日)やセシウム134(半減期2.4年),セシウム137(半減期30年)により汚染され,食品に影響が生じました.ただし,ウクライナ・ロシア・ベラルーシの一般大衆が1986-2005年までに受けた平均の被ばく線量は10-30 mSvと評価されました*15.これは,インド,イラン,ブラジル,中国にある自然放射線が非常に高い地域での住民の被ばく量(20年間に100-200 mSv)よりも低い値です.

低線量被ばくによる危険性が「確率」の話としてしか語られないのは,放射線生物学的に,その影響がDNA損傷とそれに伴う発がんという確率的な事象に起因するからです.確定的影響が生じない線量である限り,全身でも一部臓器の被ばくでも,体外被ばくでも体内でもこれは変わりません.放射線の健康リスクには「本質的に,確率論でしか語れない」部分がある,ということです.その上で,かなりひどい状況を想定しても,避難区域外にいて,かつ事故が起きた後にさらに避難するだろうということまでを考えれば,生じる発がんリスク上昇は生活習慣の違いに埋もれて見えなくなる程度だろう,という結論になります.多くの専門家が「被ばくしても問題ない」という言い方をするのは,それが発がんのリスク上昇としてしか評価できず,そのリスク上昇値が非常に小さなものだからです.

喫煙は,肺がんの発がんリスクを上昇させる代表的な生活習慣です.しかし,全ての喫煙者が肺がんになるわけではありません.ただ「喫煙すると肺がんになりやすくなり,吸うたばこの本数が多いほどその危険性も高まる」ということです.1本のたばこを吸っても肺がんのリスクは上昇するはずですが,その影響(リスク上昇)は他の影響(例えば飲酒,食事,運動など)に埋もれてしまうでしょう.非常に少ない被ばくの影響もこれと同じです.


1986年のチェルノブイリ事故から20年経った2006年,IAEAチェルノブイリ事故を総括する声明を発表しています*16.ATOMICAに掲載された要約の中から,健康への影響に言及した部分を引用します.

70万人以上の緊急事態及び回復作戦要員、及びベラルーシ、ロシアとウクライナの汚染地域の500万人の居住者は、自然バックグラウンド放射線レベルに相当する比較的少量の放射線量を受けた;この水準の被ばくでは、放射線で誘発される目立った健康傷害には至らない。例外は、高い放射線量を受けた数百人の緊急事態及び回復作戦要員の一団である;約50人が放射線病とその結果のために死んだ。全体として、チェルノブイリ事故に起因する高い放射線量によって影響を受けた60万人中およそ4000人の人々の若死が、予期されていた。

放射線によって影響を受けるもう一つの群は、1986年に放射性ヨウ素で汚染されたミルクを消費し、甲状腺に相当な放射線量を受けた子供と青年である。全体で、およそ4000の甲状腺ガンのケースが1992年〜2003年の間に、この群に検知された;それらの99%以上は、成功裡に処置された。

まとめ

放射線による影響について,正しいイメージを持つためには,多くの科学的知識が必要となります.ですから,放射線に詳しくない人たちが,刻々と悪化していく原発の状況や,放出された放射性物質による被ばくについて,強い不安を感じるのは当然だと思っています.

この状況の中で私は,被ばくに対する不安を抱える人たちに「とりあえず心配するな!」とか「不安がっているのは間違いだ!」と声高に主張する気にはなれませんでした.そこで,自分にできることとして「被ばくが人体にどういう影響を与えるか」というテーマでこの記事を書いてみました.最初に書いたとおり,この記事は,被ばくについて皆さんに何かをアドバイスすることを目的とはしていません.ただ,「何が起きるのか分からない」という未知に対する恐怖を,「何が起こるかはイメージできる」という既知のリスクに変える手助けになればと願っています.

最後に,2つの文章を引用しておきます.

放射線に関する影響は,これまでの膨大なデータを解析することにより,安全管理の上で十分に分かっているといってよい.ICRP(註:国際放射線防護委員会)によれば放射線防護の目的は「確定的な有害な影響を防止し,確率的影響を容認できるレベルまで制限すること」である.この目的を達成するために,1.確定的影響の「しきい線量」,2.確率的影響の発生頻度,3.容認できるリスクレベルを知ることが必要となる.
放射線概論 p.410

技術の専門家にとっては、リスクの比較を数量的に行うのが合理的であっても、日常の生活実感でなじみの薄い確率は、公衆に対して直接用いるのは有効に働かない。なぜなら公衆のリスク認識は確率的なものでなく、結果の恐ろしいもの、不確実や未知なものなどをより大きなリスクと感じるからである。
原子力におけるリスクコミュニケーション ATOMICA*17


なお,記述にあたっては放射線概論(平成17年度改正法令対応,飯田博美編・通商産業研究社)と放射線取扱の基礎(第5版,日本アイソトープ協会丸善)を参照しました.また,原子力百科事典ATOMICA*18の記述も参照しました.

関連URL

  • MIT研究者Dr. Josef Oehmenによる福島第一原発事故解説 - A Successful Failure
    • MITの研究者による,福島第一原発の仕組みと事故による影響の解説記事を,[twitter:@LunarModule7]さんが翻訳したものです.長文ですが,非常に分かりやすく,おすすめです.[2011-03-17追記]元記事の内容が必ずしも正確ではないという指摘があり,より正しい解説記事が既に公開されています(上記参照).
  • 放射線医学総合研究所
    • その名の通り,日本における緊急被ばく治療の中心的な存在である研究所です.医学的な観点から,被ばくの危険性や被ばく対策について,情報が掲載されています.

関連書籍

*1:チェルノブイリ原子力発電所事故の経過 ATOMICA(Googleキャッシュ).

*2:免責事項です.このブログ記事によって生じた結果には責任を負いません.しかし,内容自体の信頼性は,私自身に対する信頼性により担保されます.私は原子核物理学や原子力工学の専門家ではありませんが,国家資格である第1種放射線取扱主任者の試験に合格しており,放射線に関する一定の知識を保有しています(試験合格後に定められている指定講習を受けていないので,主任者の資格はまだ得ていません).また,大学院において構造生物学・生化学を専攻し,博士(理学)を3月に取得見込です.

*3:より細かいことを言えば,短時間に大量の放射線を浴びる場合と,長期間に渡って弱い放射線を浴びる場合では,影響には差がありますが,差が生じるのは被ばく量が非常に多い場合です.ここではその差は考えません.

*4:1 kgの物体に1 Jのエネルギーを与える放射線吸収量を1 Gyと定義します.SI単位.

*5:より詳しい説明は以下を参照してください.実効線量 ATOMICA,シーベルトと実効線量実効線量 福井県原子力環境監視センター.

*6:法的には,「放射線」とは,「電磁波又は粒子線のうち,直接又は間接に空気を電離する能力をもつもので,政令で定めるもの」を差します(原子力基本法第3条5号).核燃料物質、核原料物質、原子炉及び放射線の定義に関する政令

*7:日本の放射線障害防止法は,国際放射線防護委員会ICRPが1990年に出した勧告に基づいて,線量限度などを定めています.このICRP 1990年勧告では,確率的影響にはしきい値がないとしています.しかし,最新の研究ではしきい値があるのではないかという報告もあり,今後ICRP勧告やそれに基づく放射線障害防止法の規定が変更される可能性もあります.最新のICRP勧告は2007年に出されていますが,内容を私は把握していません.また放射線障害防止法にも反映されていません.

*8:放出される放射性物質の量や風向きなどによる拡散の影響を正確に見積もることはできないので,チェルノブイリ事故を参考に,被ばく量を推定することにします.

*9:福島第一原発で緊急作業に当たっている作業員の被ばく線量限度が250 mSvに上方修正されたのは,これが根拠となります.

*10:チェルノブイリをめぐる放射線影響問題 ATOMICA(Googleキャッシュ)

*11:wikipedia:東海村JCO臨界事故

*12:この被ばく量は体外被ばく・体内被ばくを合算した量だと思います.

*13:とされているのですが,例えばDNAポリメラーゼが損傷を受けたら,そのDNApolによって複製されるDNAに損傷が生じることは?なんて思ったりはします.

*14:単位が記載されていないが「10^-2/Sv」.

*15:チェルノブイリ事故による放射線影響と健康障害

*16:チェルノブイリ事故から20年

*17:原子力におけるリスクコミュニケーション ATOMICA(Googleキャッシュ).

*18:現在,サーバが落ちているため,Googleキャッシュで見ました.