生き物のデザイン:大きいものだけを通す孔

Potassium channel KcsA from Streptomyces lividans in high concentration of K+

緑色の球はカリウムイオン,赤色の球は水を表している.

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ナノの世界で生き物を見ている私にとって,「生き物らしさ」と言われて思い浮かべるものは,自然が創り出したデザインの美しさです.今日はそんなデザインの中から,教科書にも載っている有名なものを1つ取り上げてみようと思います.


どんな生き物でも,細胞の中や外は色々なイオンが溶けた水溶液に満たされています.例えば,カリウムイオンは,細胞の内側の方が,外側より30倍濃い濃度で保たれています.ナトリウムイオンはその逆です.30億年以上前に,生命が生まれた時の原始の海(生命のスープ)を表しているのではないか,とも言われています.

細胞は脂質でできた膜に囲まれているので,イオンが勝手に出入りすることはありません.そこで細胞は,イオンが通るための孔を準備しています.細胞膜を貫通している,チャネルやポンプと呼ばれるタンパク質がその孔です.この孔を使ってイオンの出入りを調節することで,エネルギーを作り出したり,脳から筋肉に信号を伝えたり,とさまざまな生命現象を生み出しています.例えば,オジギソウに触れると葉が閉じるのも,イオンの出入りが引き起こす現象です.

ところでこの孔=チャネルやポンプは,決まったイオンしか通さないという性質があります.何でも通してしまう孔では,細胞の内と外でイオンの濃度の違いを生み出せなくなってしまうからです.カリウムチャネルは,カリウムイオンだけを通し,ナトリウムイオンは通しません.


でも,どうやって?


これは長年の謎であり,難問でした.なぜならば,カリウムイオンはナトリウムイオンよりも大きいからです.小さいものだけを通す孔なら,単に孔を小さくすればよいだけの話です.しかし,大きいものを通し,小さいものは通さない孔,というのは,どうやったら作ることができるのでしょうか?

答えは,カリウムチャネルの孔のかたちにあります.一番上に載せた図が,原子レベルで見たカリウムチャネルの立体構造です.イオンは,周りに水を従えることで,初めて安定化して水の中に溶けています(水和と言います).狭い孔を通るとき,イオンは周りにある水を脱ぎ捨てなければなりません.


カリウムチャネルがもつ孔の一番狭い部分(選択性フィルタと呼びます)は,酸素原子を含む「カルボニル基」という原子団が飛び出しています(図の先端が赤い棒です).孔の大きさは,カリウムイオンにちょうどよいものとなっているので,カルボニル基が4方向から,水の代わりにカリウムイオンを包みこむことで,イオンが水を脱ぎ捨てて通過できるようにしています.一方,この孔をナトリウムイオンが通ろうとすると,カリウムイオンよりも小さいために偏ってしまい,うまく水を脱ぎ捨てて通過することができないのです[→補足参照].

カリウムチャネルは,同じタンパク質が4つ一組になって働きます.外側は,細胞膜を貫通できるように作られており,4つが集まった中央部分に,カリウムイオンが通る選択性フィルタの孔が開くようになっています.こうしたカリウムチャネルの仕組みは,細菌からヒトまですべて共通して使われているのです.長い生き物の進化の中で,この仕組みがずっと生き残ってきたということを意味しています.進化というたった1つの方法で,まるで人工物のようにその目的と用途にあったかたちと機能を獲得する.まさに,自然が創り出した「デザイン」と言えるのではないでしょうか?


ちなみに,カリウムチャネルの謎を初めて解き明かした,アメリカの科学者Roderick MacKinnon教授は,2003年にノーベル賞を受賞しました*1.I'm not a scientist.というこのブログのタイトルは,MacKinnon教授が講演で話した言葉からの引用です.「あなたが解いたカリウムチャネルの構造は,私が今まで見た中で一番美しいタンパク質構造だと思う」と言ったら,彼は笑っていました.


[補足]5/15 20:50追記
カリウムチャネルは選択性フィルタのおかげで,カリウムイオンをナトリウムイオンの1000倍通しやすくなっています.つまりカリウムイオン1000個を通す間に,間違えてナトリウムイオンを1つ通してしまう,という正確性です.細胞内外のイオン濃度の違いを維持するためには,1000倍の選択性があれば十分ということですね.