<続報>NASAによる「ヒ素DNA細菌発見」は間違っている?

半年ほど前に話題となったNASAの研究チームによる「リンの代わりにヒ素をDNA中に取り込む微生物が見つかった」という報告ですが,発表の直後から科学的な批判にさらされてきました.

そしてついに先週の金曜日,元の論文が掲載された科学誌Scienceに,他の研究者から寄せられた8つの批判と,それらに対するNASAチームの再反論が掲載されました

今回も詳しい解説記事を書く時間がないので,批判のポイントを一枚の画像(表)にまとめてみました.半年ぶりに「ヒ素DNA細菌」のお話です*1


Comment on "A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus"
「リンの代わりにヒ素を使って生育することができる細菌」へのコメント
Steven A. Benner
David W. Borhani
James B. Cotner and Edward K. Hall
István Csabai and Eörs Szathmáry
Patricia L. Foster
Stefan Oehler
Rosemary J. Redfield
B. Schoepp-Cothenet, W. Nitschke, L. M. Barge, A. Ponce, M. J. Russell, A. I. Tsapin
Science. May. 27, 2011.

批判のポイント

NASAチームの最初の論文で,どのような研究が行われたのかは<速報>リンの代わりにヒ素をDNA中に取り込む微生物が見つかったを参考にしてもらうとして,批判のポイントを簡単にまとめてみます.

  1. 状況証拠の解釈がおかしい
  2. 直接証拠がない

1. 状況証拠の解釈がおかしい

科学論文では,さまざまな実験結果や過去の報告を証拠として積み重ねて,自分たちの主張・結論(今回の場合は「ヒ素がDNAに含まれている」)を証明しようとします.このような実験結果には,状況証拠的なものと直接証拠的なものの2種類があります

まず,多くの批判が寄せられたのは,状況証拠の方についてでした.

例えば,最初の論文で報告された重要な結果の1つが「リンがなくても,ヒ素があれば生きられる」というものでした.また,「ヒ素だけを含む培地で生育した細菌GFAJ-1は,リンをわずかにしか含まず,DNAは作れないはず」とも主張しています.

しかし,この「リンを含まない」人工培地中にも,ほんのわずかな(~3 μM)のリンが含まれています.このわずかな量のリンでも,GFAJ-1のDNAのリン酸骨格を維持するためには十分なはずだという反論や,GFAJ-1に含まれるリンの量は通常のDNAを作る他の種の細菌と比べて特別に少ないとはいえないという批判が寄せられています.

他にも,細菌が外界からリンを取り込むためのシステム*2の観点から,実験結果の解釈が誤っているのではないか?という批判もあります.

また,ヒ素DNAの化学的性質の観点から,ヒ素DNAは水中で速やかに加水分解されるはず,ヒ素DNAを作る部品となるヒ素含有デオキシリボヌクレオチドも不安定であり,これらを安定化するシステムやまったく新しいDNA合成経路がなければ説明できないといった,ヒ素DNAの存在自体に対する疑いも複数の科学者から寄せられています.

これらとは別に,統計処理の基本的な誤りやミスリーディングにつながる図の表記など,論文の構成自体に対しても疑問がなげかけられています.


直接証拠がない

どんなに状況証拠が疑わしくても,「DNAにヒ素が含まれている」と誰もが認める直接証拠があれば,NASAチームの主張は正しいと見なされるはずです.

しかし,最初の論文では,X線実験などでDNA中のヒ素の量を調べているものの,純粋にDNAだけを取り出して調べたり,より直接的にヒ素が含まれていることを示す実験が行われていませんでした.また,行われた実験についても,測っているヒ素の量がDNAに含まれるものではなく,ただ混ざっているだけではないか?という技術的な点での疑問もあります.

ヒ素がDNAに含まれているという直接的な実験結果を示すべき」という批判は,インターネット上でも,そして今回のScience誌に掲載されたコメントでも強く主張されていました.


批判コメントを読んで

NASAチームは,これらの批判に対する再反論を行っています.

Response to Comments on "A Bacterium That Can Grow Using Arsenic Instead of Phosphorus"
「リンの代わりにヒ素を使って生育することができる細菌」へのコメントに対する返答
Science. May. 27, 2011.

しかし,一番重要である「ヒ素がDNAに含まれているという直接的な実験結果」については,その報告がありませんでした.

宇宙生物学上の大発見」と銘打って,大々的な記者会見まで行って発表した「ヒ素DNA細菌発見」.しかし,実験データが不十分であったこと,また発表の方法がセンセーショナルすぎたことから,発表直後から多くの批判が集まっていました.

「DNAにヒ素を含む生き物がいる」.とても信じがたい内容であるがゆえに,これが確かであれば,間違いなく21世紀の科学史に刻まれる発見となります.そのためには,この信じがたい結果を科学者が納得する「直接証拠」が提示されなければなりません.NASAチームや他の研究グループによる直接的な実験結果の提示か,あるいは「ヒ素が含まれてはいない」という実験結果の提示が行われない限り,この論争は終わらないように思えます.決着がつくには,もうしばらくの時間がかかりそうです.


ところで,これらの批判と再反論はPDFが公開されています.論文や批判の内容は前提知識がなくても理解できますし,文字に起こされた科学的批判の応酬を読める良い機会なので,学部学生や大学院生で興味のある人は読んでみてはどうでしょうか? 普通の論文とは違い,査読コメントのような臨場感が味わえて,おすすめですよ(笑).

Science Express May 27, 2011より

  • Comment on "A Bacterium That Can Grow by Using Arsenic Instead of Phosphorus"
  • Response to Comments on "A Bacterium That Can Grow Using Arsenic Instead of Phosphorus"

最初の論文"A Bacterium That Can Grow Using Arsenic Instead of Phosphorus"は以下のURLからダウンロードできます*3
http://www.ironlisa.com/WolfeSimon_etal_Science2010.pdf


8つの批判

時間がないと言っておきながら,より詳しい批判の内容を以下に書いてみました.これでも抜粋であり,意訳(たぶん誤訳も)を含んでいますので,詳しく読みたい方は原著論文(コメント)を読んでください*4

ティーブン・ベンナー特別研究員(FFAME*5
  • 細胞内環境として想定されるpH 7の水中では,ヒ素DNAは半減期が1分しかない(1分で半分が分解される.10分後には1000分の1しか残らない)
  • 考えられる可能性は (i)DNA中にヒ酸エステル結合はほとんどない,(ii)ヒ酸エステルがすぐに加水分解されるとした過去の研究結果が間違い,(iii)ヒ酸エステルの加水分解についての結果を今回の実験状況に外挿するのが間違い,(iv)ヒ酸エステルモデルとヒ素DNAを同一に扱うのが間違い,(v)ヒ素DNA中のヒ酸エステル結合は他の化合物によって安定化されている
  • (iv)については,これまでの多くのヒ酸エステルについての測定結果と矛盾する
  • (v)については,本研究で行われたDNA抽出法では外れないような化学物質でなければならず,そうでなければ+As/-P培地で生育したGFAJ-1から抽出したDNAがまったく分解されないことが説明できない
  • もし,DNA中にヒ酸エステルが含まれるなら,DNA合成に使われるデオキシヌクレオチド三リン酸dNTPは,少なくともα位がヒ素になっていなければならない(DNAの骨格に残るリンはα位のものだけで,残りのβ位とγ位のリンは外れてしまう).一般にdNTPなどの核酸は,リボースにαリン酸が結合したものができてから,塩基が付加されるため,α位にヒ素を含む場合もその後に続く核酸生合成経路でも,ヒ酸エステル結合が維持されなければならない.あるいは,まったく新しいヒ素を含むdNTP合成経路やDNA生合成経路がなければ説明できない.
デイヴィッド・ボルハニ氏
  • -As/+P培地と+As/-P培地でのGFAJ-1 DNAの電気泳動では,DNAのサイズが異なる上,予想に反して-As/+Pの方がDNAが部分的に分解している
  • +As/-P実験のDNAのAs:C割合は,-As/+Pの2倍にとどまるのに対し,+As/-P実験のDNAのAs:C割合は,-As/+P実験でのP:C割合の64分の1しかなく,DNA中のリンがヒ素に置き換わったと主張するのは難しい
  • +As/-P培地に含まれているリンの量は細菌の生育には十分
  • X線実験(XAFS)から分かるのは,(DNA中のヒ素の状態ではなく)細胞内全体にあるヒ素が,ヒ酸の形で存在しているということだ
ジェームズ・コトナー教授(ミネソタ大)ら
  • GFAJ-1に含まれているリンの量は確かに少ないが,さまざまな環境中にいる細菌がもつリンの量の範囲に含まれている(特別に少ないわけではない)
  • 低いリン濃度でも生育できるという事実(そういう細菌は他にも見つかっている)では,GFAJ-1中の中心的な生体高分子(DNAなど)がリンの代わりにヒ素を含むという仮説は補強されない
イストファン・チャバイ教授(エトヴェシュ大)ら
  • データの統計処理について,非常に初歩的なミスが多く,それらを正すと結果の解釈が変わる
  • 培養に用いた培地中のヒ素やリンの濃度の推定がおかしく,論文記載よりももっと誤差が大きいはずだ
  • 他にも誤差の推定が正しく行われていない,誤解を招くような図の色付けが行われている,グラフの軸の取り方がおかしい,などの問題がある
パトリシア・フォスター教授(インディアナ大)
  • 多くの細菌には,リンを取り込むためのシステムが2つある;リンが多量に存在する時に使われるPitシステムとリンが少量しかない場合に使われるPstシステム
  • ヒ素が存在するとき,Pitシステムは阻害されるが,Pstシステムは促進されるという研究がある
  • -As/-P培地で生育せず,+As/-P培地で生育できたのは,単にPitシステムを失い,Pstシステムだけが働く変異体を見つけただけではないか
ステファン・エーラー客員研究員(アレキサンダー・フレミングBSRC)
  • DNAにヒ素が含まれているという直接証拠がない
  • DNAの密度勾配遠心や,電気泳動によりタンパク質と分離したDNAについて放射性ヒ素を用いたオートラジオグラフィーを行うことで直接的に確かめるべき
  • ヒ酸エステル結合は加水分解されやすいので,-As/+P培地で生育した細菌と+As/-P培地で生育した細菌について,抽出したDNAの加水分解の速さを調べることは簡単にできるはず
ローズマリー・レッドフィールド教授(ブリティッシュコロンビア大)
  • -As/-P培地に含まれるわずかなリン(3.2 μM)でもDNAを作るには十分なはず
  • 論文で行われたDNA/RNAの抽出法(フェノール・クロロホルム処理&エタノール沈殿)では,調べたいDNA/RNA以外のものも多く混じった状態でしか抽出物が得られない
  • アガロースゲル中のDNAを分析しても,DNAではなく大量に存在するアガロースを見ていることになる.アガロースから抽出したDNAについて調べるべき
  • これらの方法では,リンの代わりにヒ素を含んでいるという結論は疑わしい
バーバラ・シェップ-コスネット研究員(BIP)ら
  • ヒ素がリンの10000倍以上存在する環境でも,GFAJ-1がヒ素をリンの3倍しか取り込まないという結果からは,ヒ素が生物学的にアクティブな分子として細胞内に存在しているとは考えにくい
  • 実験結果からは,GFAJ-1が(高濃度ヒ素存在下で生育できる)極限環境微生物ではあることは示されるが,ヒ素をDNA中に取り込んでいるという主張はサポートされない
  • 太陽系のリン存在量はヒ素の1500倍以上であり,またヒ素はヒ酸の形ではあまり存在せず,存在しても不安定なため,ヒ酸を利用するような代替代謝経路を持つ生物が生まれるとは考えにくい
  • 細菌の細胞内の酸化還元電位では,ヒ酸はゆっくりとリン酸とは異なる立体化学をもつ亜ヒ酸へと還元され,代謝経路で利用できなくなるはずである

*1:内容に間違いがあればご指摘いただけると幸いです.

*2:リンが多量に存在する時に使われるPitシステムとリンが少量しかない場合に使われるPstシステムの2種類があり,Pitシステムはヒ素によって阻害されるものの,Pstシステムはヒ素によってむしろ促進される.

*3:公開していていいのかどうかは不明

*4:また名前の読み方については,一応調べてありますが,正しい発音はわかりません.

*5:Foundation for Applied Molecular Evolution.応用分子進化財団といったところ?