生き物のデザイン:微生物への着陸船

Enterobacteria phage T4.壁紙画像(1920x1080)はこちら
Michael D, Jones氏作成のSVGデータを改変して作成しました.この画像のライセンスはCC BY-SA 3.0に準拠します.


アポロの月着陸船や宇宙探査機にも見えるこの物体.実は細菌に感染するウイルス,通称ファージの立体図です*1.正十二面体の形状を持つヘッド(頭部)と円盤が積み重なったテイル(尾部)の2つの部分からなり,さらにそれぞれは,細かいパーツが組み合わさってできています.これらの形は,電子顕微鏡などを用いた長年の研究により明らかにされました.ヘッドの中身(DNA)以外は,すべてタンパク質製です.ファージなどのウイルスを生き物と捉えるかどうかは意見の分かれるところですが,生き物のデザインの一部であることは確かです*2


このファージ,テイルファイバーと呼ばれる部分を使って大腸菌などの細菌の表面に「着陸」し,シース(鞘)の先端にあるベースプレート(基盤)を突き刺して,ヘッドの中に詰まっている自身のDNA(ファージゲノム)を細菌内に注入します.まさに,微生物への着陸船です.

こうして注入されたDNAからは,書かれた遺伝情報をもとに,新しいファージのパーツとなるタンパク質がつくられます.同時に,DNA自身も大量に複製されます.準備された新たなファージのパーツたちは,勝手に(自律的に)集まって組み立てられ,ヘッド部分にDNAが取り込まれます.高さ200ナノメートル,幅60ナノメートル.アポロ月着陸船の高さが6.37メートルですから,およそ3000万分の1の大きさです*3.「自己組織型ナノマシン着陸船T4バクテリオファージ」と考えると,なかなかかっこよく見えませんか?


完成した新たなファージは,細菌を破壊して飛び出し,新たな感染標的を探す旅に出ます*4.ナノの世界の着陸船は,かなり攻撃的な侵略船なのでした.


ファージが細菌に「着陸」するまでの再現CG動画↓

*1:正式名称はバクテリオファージですが,ファージと略して呼ばれます

*2:ウイルスについては,自分自身だけでは複製に必要な部品を調達できず,単独で増殖することができないため,生き物とは見なさない,という立場が一般的です.一方で,生き物と同じようにDNAやRNAでできた遺伝情報をもち,タンパク質や脂質からなる部品で構成されています.進化の過程で,複製に必要な要素を削り落として作られた生き物がウイルスではないか,という説もあり,生き物のデザインの一部に組み込まれていることは確かです.

*3:wikipedia:アポロ月着陸船

*4:溶菌と呼びます.一方,細菌のゲノムDNAに自身のDNAを挿入して居座る,という「溶原化」と呼ばれる現象もあります.今回,トップの画像に使ったT4 ファージは溶原化ステージを持たないので,感染しては溶菌させるだけです.