『人工細菌誕生』の論文を解説してみる:その3(人工細菌の創出)

 前回は,Mmゲノムの人工合成法について解説した.
 今回は実験内容と結果の続きとして,Mmゲノムの移植による人工細菌の創出と,「半合成ゲノム」を持つ細菌の創出の2つについて解説する.

研究の流れ2:Mmゲノムの移植


図3. 人工合成Mmゲノムの移植と人工細菌の創出


 移植方法については,2009年に出版された以下の論文に掲載されており,今回の論文では詳しい説明が省略されている*1.ここでは概略だけを説明する.
Creating Bacterial Strains from Genomes That Have Been Cloned and Engineered in Yeast.
Lartigue. C. et al. Science. Sep. 25, 2009

人工合成Mmゲノムの移植

 研究の流れ1.で,人工合成したMmゲノムを酵母の中で組み立てることができた.人工細菌を創るための次のステップは,この人工合成Mmゲノムをドナーとなる細菌(Mycoplasma capricorum, Mcと略す)に移植することだ.人工合成Mmゲノムは,酵母の中でも安定して増幅・維持されるための配列と,天然のMmゲノムと区別できるようにするための「透かし」配列を持っている(図3左).

 まず,酵母の中に入っている人工合成Mmゲノムを酵母から取り出した(図3右,1-2).次に,レシピエントとなるMcに特殊な処理を施し,人工合成Mmゲノムと混ぜることで,Mcの中に人工合成ゲノムを取り込ませた(図3右,3)*2

 人工合成Mmゲノムを取り込ませただけの状態では,Mcの中には人工合成Mmゲノムだけでなく,Mmが本来持っていた自分自身のゲノムも含まれている.細胞分裂を繰り返すことで,次第に2つ持っているゲノムのどちらか一方だけを持つ細胞が生じる.この中から,Mcゲノムを持たず,人工合成ゲノムだけを持つ細菌を選び取る必要がある.天然のMmゲノムと区別するための配列の1つとして,人工合成Mmゲノムには抗生物質の1種テトラサイクリンに対する耐性遺伝子が埋め込まれている.このため,テトラサイクリンを含む培地上では,人工合成Mmゲノムを持つMcだけが生育できる.この性質を利用して,人工合成Mmゲノムを持つMcだけを選択した(薬剤耐性による選択;図3右,4).このようにして,人工合成Mmゲノムを持つMc=人工細菌を創出した.


補足1:「いつまでもMmゲノム・Mcゲノム両方を持ち続ける可能性はないのか?」と思われる方もいるかもしれない.一般に,細菌は無駄なDNAを極力排除し,ゲノムサイズを小さくなるように保つという性質がある(ゲノムサイズに対する負の選択圧).生存に必須ではない余分なゲノムの維持は,ゲノム合成や遺伝子の転写・翻訳で他者より余分にエネルギーを利用することとなり,増殖に不利となるからである.今回の場合,Mm・Mcゲノムの両方を持っている状態は増殖に不利になるため,細胞分裂を繰り返すと,次第にどちらか片方のみを持つ細胞の方が多数派を占めるようになる.その上で,テトラサイクリン含有培地上でも生育できる人工細菌だけが選択される.

補足2:「MmゲノムとMcゲノムの両方を持つ状態(図3右,4)で,2つのゲノムが組換えを起こさないのか?」という質問を[twitter:@nisyam]さんから頂いた.結論から言えば論文には「創出した人工細菌の持つゲノムのDNA配列を全て解読したが,組換わった領域は見つからなかった」と記載されている.

We did not find any sequences in the synthetic genome that could be identified as belonging to M. capricolum. This indicates that there was a complete replacement of the M. capricolum genome by our synthetic genome during the transplant process.


我々は合成したゲノム中から,M. capricolumに由来すると同定される配列を1つも検出しなかった.このことは,移植過程でM. capricolumのゲノムが我々が合成したゲノムに完全に置き換わったということを示している.

マイコプラズマ属の細菌が組換え機構を持たないのか,あるいは組換えの頻度が低いためかは分からないが,今回の実験についてはゲノム間の組換えが問題とならないことを示している.


移植のポイント

 どの細菌の組み合わせでも,上記のような移植が可能なわけではない.今回の実験が成功したのは,MmとMcというマイコプラズマ属の細菌を選んだことが鍵となっている.

 まず,MmとMcは人工的にDNAを導入したり,抽出したりする方法が確立されていたことが挙げられる.マイコプラズマ属の細菌は一般的な細菌と異なり,ペプチドグリカンからなる細胞壁*3を持っておらず,細胞の形状も柔軟性がある.この特徴が,1 Mbpという巨大なDNAを導入することができるポイントとなったと考えられる.

 次に,外部からDNAを導入しても分解されないMc株が使ったことが挙げられる.一般に細菌は「制限修飾系」と呼ばれる免疫機構を持ち,外部から侵入したDNAを分解するようになっている.細菌は,制限酵素*4と呼ばれるDNA切断酵素を持つ.制限酵素は4-8 bp程度のDNA配列を認識し,DNA二重鎖を切断する活性を持つ.細菌にとっての外敵であるファージ*5が感染した際には,制限酵素がファージのDNAを切断することで,感染を食い止める.しかし,自分自身のゲノムDNAを切断から防ぐために,細菌は修飾酵素を同時に持っている.修飾酵素*6が自身のゲノムDNAの特定の配列をメチル化することで,制限酵素はDNAを切断できなくなる.

 今回の研究の場合,人工合成したMmゲノムには制限酵素による切断を防ぐための修飾は施されていない.しかし,レシピエントとなるMcとして,制限酵素が産生できないように遺伝子改変したMc株を用いることで,外部からDNAが導入できるようにしておいた.

研究の流れ3:半合成ゲノムの組立と移植


図4. 半合成Mmゲノム.下の場合は,#5と#9のフラグメントだけが人工合成DNAで作られており,残りは天然のMmゲノムに由来する.

 研究の流れ1-2.によって,人工合成細菌を創出することができる.しかし,ヴェンターらが最初に作り出した人工合成Mmゲノムでは,生育する細胞を創りだすことができなかった

 ここからの説明は,論文の記述を基に私なりに想像した彼らの研究の流れである*7.まず,彼らは自分たちが合成したゲノムのどこかに致命的なエラーが含まれていると推測し,その部分の特定を目指した.研究の流れ1のStep: 3で作り出した100 kbp中間体 11種の中で,どの中間体にエラーが含まれているかを調べるため,彼らは「半合成Mmゲノム」を作り出した.

 Mmから取り出した天然のMmゲノムをMcに移植した場合は,問題なく生育できることは既に確かめられている.そこで,天然のMmゲノムの一部だけを100 kbp中間体に置き換えたハイブリッドゲノム=半合成ゲノムを作り出した(図4下).何種類かの半合成ゲノムを合成し,Mcに移植して調べたところ,9番目の100 kbp中間体に致命的なエラーが含まれていることが分かった.

 この結果を元に詳細にエラーをチェックした結果,9番目の中間体に含まれている遺伝子の1つdnaA*8に1塩基欠失が生じており,その結果dnaA遺伝子が破壊されていることが分かった*9dnaAはDNA複製に必須な遺伝子であるため,移植したMcが生育できなくなっていた.

 研究の流れ1.での中間体合成では,DNA配列をチェックしていたが,その作業でこのエラーを見落としていた.100万塩基対のDNAに含まれるわずか1塩基の合成ミスにより,研究が数週間遅延したとヴェンターらは論文中に書き記している.

Our success was thwarted for many weeks by a single base pair deletion in the essential gene dnaA.

 問題のエラーを含む領域を再度合成しなおすことで,正しく機能する人工合成Mmゲノムを作製し,人工細菌を創出した.

人工細菌の誕生


図5. 創出した人工細菌 M. mycoides JCVI-syn1.0.(a) 特殊な培地上で青色のコロニーを形成する人工細菌.元々のMcは白いコロニーを作るが,遺伝子改変が施された人工細菌は青いコロニーを作る.(c) 走査型電子顕微鏡で見た人工細菌.(e) 酢酸ウラニルで染色した人工細菌の切片の電子顕微鏡像.形状は野生型のMcとよく似ている.(図はGibson, D. G. Science. 2010より引用)


 人工合成Mmゲノムを移植したMcが「人工細菌」の正体である.

 導入した人工合成Mmゲノムには,元々のMmゲノムやMcゲノムと区別するための遺伝子改変が施してあった.まず,元々のMmやMcが持たないlacZ遺伝子を人工合成Mmゲノムは含んでいる.lacZ遺伝子を持つ細菌や細胞は,X-galという化学物質を含む培地上で生育させると,X-galを分解して青色の物質を生じるため,遺伝子が正しく導入されたかどうかを見る方法として一般的に用いられる.今回創出した人工細菌もX-galを含む培地上で青色のコロニーを形成した(図5a).

 人工細菌が本当に人工合成Mmゲノムを持っているか,については複数の方法で確認した.まず,事前に導入した人工合成Mmゲノムの4つの「透かし」配列が存在するかどうかをPCR法で確認した.次に,2種類の制限酵素で切断した場合の切断パターンが,元々のMmゲノムではなく,人工合成の場合のパターンとなることを確認した.さらに,人工細菌からゲノムDNAを抽出し,DNA配列を全て解読することで,正しく人工合成したMmゲノムだけが含まれていることを確認した*10.人工合成ゲノム中には複数のエラー(DNA変異)が含まれ,14個の遺伝子が破壊されていたが,そのどれもが生育に必須ではなく,細胞の形状やコロニー形成の割合に違いは見られなかった.人工細菌はコントロール*11と比較して,わずかに速い増殖速度を示した*12

(その4に続く)

関連書籍

*1:論文は購読者でなければ読めないが,以下のウェブサイトにゲノム移植に関する論文のレビューが掲載されている(英語).興味のある読者は参照されたい.Genome Reboot Review

*2:一般に,細胞に外部からDNAを導入することを形質転換と呼ぶwikipedia:形質転換

*3:以下を参照のこと.wikipedia:真正細菌の細胞壁

*4:wikipedia:制限酵素

*5:wikipedia:ファージ

*6:一般に「修飾酵素」と呼ばれるものには,DNA修飾酵素RNA修飾酵素,タンパク質修飾酵素などがの種類があり,導入する修飾にも多数の種類が存在する.しかし,ここで挙げた修飾酵素はDNAメチル化酵素のことを指している.

*7:論文では "Semi-synthetic genome assembly and transplantation" という項目で説明している.

*8:dnaA遺伝子とは,DNA複製に必須な遺伝子の1つ.全ての細菌が持つ.ゲノムの複製起点に結合してDNA二重鎖をほどくことで,DNA複製を促進する働きを持つ.wikipedia:en:DnaA

*9:フレームシフト変異が生じていた.

*10:仮に,人工合成Mmゲノムだけでなく,Mcゲノムなどが含まれていた場合は,制限酵素での切断パターンやDNA配列解読の段階でチェックできる.

*11:ここでは,Mmから抽出したゲノム(天然由来)を移植したMcのこと.対照とも呼ばれる.対照実験については,以下を参照のこと.wikipedia:対照実験wikipedia:en:scientific_control

*12:この違いが生じた理由について,論文中では特に言及されていない.