ちょうど1年経ったので:ノーベル化学賞2009解説—その2—

ここまでのおさらい

ノーベル化学賞2009はリボソームの構造と機能について.Steitz(シュタイツ), Yonath(ヨナス), Ramakrishnan(ラマクリシュナン)の3人が受賞.

リボソーム:細胞内にあるタンパク質合成装置.mRNAの情報を読み取り,アミノ酸を順番につなげてタンパク質を作る.50Sサブユニットと30Sサブユニットの2つから成る.全体は50S+30S=70S.足し算が合わないのは七不思議の1つ.

X線結晶構造解析:生体高分子(タンパク質,DNA,RNAなど)を精製し,特殊な条件で結晶化.これにX線を当てて回折データを集め,コンピュータで色々頑張ると「原子レベルでの」立体構造を決めることができる.でも,決めるまでは試行錯誤だらけの世界.

立体ジグソーパズルを作るには

それでは,ノーベル賞の枠が4人だったら確実にもらっていただろうHarry Nollerは何をしたのだろうか.


図3. Thermus thermophilus 23SリボソーマルRNAの2次構造

RNAは4種類の塩基,タンパク質は20種類のアミノ酸が数珠繋ぎになった「紐」が折り畳まって決まった構造を取っている.構造解析とは,RNAやタンパク質の3次元的な並び方や折り畳まり方を決めることである.

結晶にX線を当てて収集した回折データを色々頑張って解析すると,最終的にRNAやタンパク質が持っている電子の雲が紐状に見える*1.また,リボソームがどんなRNAやタンパク質からできているか,それらがどういった塩基・アミノ酸の並びをしているかは,過去の遺伝学・生化学的研究から明らかになっていた(遺伝子配列を読むなど).

つまり,電子雲の紐(電子密度)に,アミノ酸や塩基を当てはめていくことで,生体高分子の立体構造を決定することができる.しかし,この方法でリボソームの構造を決定するには大きな問題があった.

電子密度にアミノ酸や塩基を当てはめるのは,簡単に言えば立体ジグソーパズルを作るようなものである.電子密度というパズルの枠に,アミノ酸や塩基というピースを当てはめていく必要がある.しかしリボソームはとても巨大なため,どうやってRNAやタンパク質がくっついているかという「ヒント」がなければ,正しい当てはめ方が分からない.だが,構造を決めなければ,どうRNAやタンパク質が付いているかは分からないX線結晶構造解析を成功させるには,このジレンマを解決する必要があった.

幻の4人目の受賞者 --Harry Noller--

これを解決したのがNollerの研究である.NollerはX線結晶構造解析とは異なるアプローチでリボソームの構造について研究を行っていた.彼は古典的な生化学的手法を用い,リボソームを構成するあるパーツの近くに,どのパーツがあるかを地道に調べていた.当然,この方法では相対的な位置関係が分かるだけで,X線結晶構造解析のように詳細な立体構造を決めることはできない.その代わりに,あるものの隣に何があるかという「大まかな構造」を知ることができる.彼らはその大まかな構造を丹念に調べていくことで,リボソームを構成するRNAやタンパク質が,どうやって配置されているかを明らかにしていった.

SteitzもYonathもRamakrishnanも,彼らのX線結晶構造解析には,Nollerが調べたリボソームの大まかな構造が利用されている.これがなければ,50Sや30Sの結晶構造から求めた電子密度にRNAやタンパク質を当てはめることはできなかった.しかし,リボソームの詳細な立体構造を解明し,リボソームがタンパク質を作り出す生化学的反応のステップを詳細に解析したのは,やはり今回受賞した3人であった.

70Sリボソームの構造解析——大きい=難しい——


図4. 70Sリボソームの立体構造(部分)

さて,50Sと30Sのリボソーム構造は2000年に立て続けに決定され,その後彼ら以外のグループも参入して,様々な生物種・状態での立体構造が決定されていった.しかし,リボソーム全体である70Sの構造はすぐには決まらなかった.

70Sの立体構造解析が難しかったのには理由がある.まず,結晶化用70Sリボソームを大量に調製するのが難しかった.50Sと30Sを混ぜれば 70Sになるという単純なものではない.30SにmRNAとtRNAが結合し,そこに50Sが結合して,初めて70Sが完成する.つまり70Sの調製は 50Sや30S単独の場合と比べて登場人物が多いため,均一かつ大量に作ることが難しかった.次に,70Sを結晶化させるための条件は50Sや30Sとは異なるため,新しく結晶化条件を探さなければならなかった.

さらに,50Sや30Sと比べても2倍近い大きさがある70Sは,結晶化,X線回折データの収集,コンピュータによる解析,手作業でのジグソーパズル作り,全ての面で難しさが大きくなる.このため,70Sの構造決定には50S・30Sからさらに6年がかかった.

2006年9月7日,Ramakrishnanは分解能2.8Aでの70Sリボソームの構造を発表した*2.70Sについても激しい競争があり,低分解能(大まかな形が見える)構造は他のグループからも報告されていたが,Ramakrishnanが他を抑える形となった.