最新論文の解説はモラルハザードか?
先日掲載した『人工細菌誕生』の論文を解説してみるに対して,「公開後1年以内の論文について,解説・講義などを公開することはモラルハザード*1だ」という指摘のメールが届いた.
自分としては寝耳に水の内容だったのだが,確かに公開されているとはいえ,商業論文誌に掲載された論文の内容を解説することが当然許されているものかどうか,深く考えていたわけではない.しかし,送られてきたメールは,内容に納得できない点が多々ある.そして,指摘は,このブログの存在意義の根幹に関わることでもある.
はたして,最新論文の解説はモラルハザードなのだろうか?
送られてきたメール
どうやら個人あてのメールを全文公開したり,引用することは違法となる可能性が高いそうなので*2,ここでは全文を掲載することはせず,送信者が特定できない形で,送られた内容についてのみを要約する.
ちなみに,送られてきたメールの文面は非常に丁寧であり,決して感情的に書かれているわけではなかったことをつけくわえておく.
納得できない点
ツッコミどころを含め,メールの内容については納得できない部分が多々ある.
- 差出人のメールアドレスはYahooのフリーメールアドレス
- 民間管理団体は非公式なものなので,団体の詳細については明かせないらしい
- 差出人にはハンドルネームと思われる名前が掲載されているが,この差出人についての情報も一切記載されていない
- 「国際学会規程」が何の学会・何の規定を指すのかが不明
- 「論文公開後1年」という規定の根拠が不明
- 「読売新聞の論文解説は2週間限定だった」とあるが,どの記事か不明な上に,限定公開と「モラル」との関連が分からない
- 「国際論文学会」が何を指すのかが不明
そもそも,私が解説した論文の掲載元であるScience誌には,著作権に関する記述はあるが,「論文内容の公開・解説とモラル」について何か触れている項目を見つけることはできなかった*3.
また,WIRED VISIONやNew Scientistなどのウェブサイトでは,最新論文の解説記事が不特定多数に公開されている.
そして何よりも,既に公開された論文の内容について,公正な範囲での引用*4をもとに解説することが「モラルハザード」に当たるということに,現時点では私は納得がいかない.
論文・学会発表内容の公開とモラル
論文の解説記事を公開することが,もしもモラルハザードに当たるのならば,それによって迷惑を被る主体としては,論文の著者,論文出版社,論文の研究分野の学界,科学界全体などが考えられる.
論文で公開されていない学会発表の内容をブログに掲載することや,発表内容をtwitterで逐次公開することが,モラルの問題として問われた事例の存在も知っている.事例としては,私の解説記事との違いも多いが,「ある幅広い購読者・参加者向けの公開情報を発信することがモラルとしてどうか」という点で考えると,絶対に問題はないと言い切れない部分もある.しかし,一般的に学会発表とは異なり,論文誌に掲載された研究内容は「公知」のものであるという認識は,多くの研究者の間で共有されていると思う.
また,出版社側が売上への影響,その他からクレームをつける可能性がないとは言い切れない.しかし,今回の事例にはあたらない.
科学者個人としては,自分の汗と涙が詰まった結晶とも言える論文の内容が,幅広く伝達されることに対しては,喜びこそすれ,モラルハザードと指摘する気持ちが生じるとは思っていなかった.
今回の指摘に対する私のスタンスは明確である.最新論文の解説がモラルハザードであるということに私自身が納得する場合,論文の著者・出版社などの利害関係者が法的手段を取る場合,この2点に該当しない限り,記事を削除するつもりはない.
はたして,最新論文の解説はモラルハザードなのだろうか?
*1:「倫理の欠如」という意味で使っているようだ.wikipedia:モラル・ハザードの3つめの項目.
*3:完全に調べたわけではないので,発見した方がいれば連絡をお願いしたい.
*4:日本の著作権法による「引用」の要件については以下を参照のこと.wikipedia:引用